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THE BEATLES ■ TICKET TO RIDE / YES IT IS







 試聴 Listen(実際の商品から録音しています。使用針:Shure M44-7)




20世紀の音楽史に残るイギリス出身の伝説のロック・バンド/ザ・ビートルズが、1965年4月19日にUS CAPITOLレーベルからリリースしたシングルで、ジョージ・マーティン・プロデュースによる作品です。ビルボード・トップ100チャートで3回目連続の1位、英国シングルスチャートで7回目連続の1位、同様にカナダ、オーストラリア、アイルランドでも1位を記録しています。日本でもヒットしており、邦題は「涙の乗車券」として知られています。この歌はリチャード・レスター監督によるビートルズの2番目の長編映画『ヘルプ!』と、1965年のアルバム『ヘルプ!』に収録されます。

● TICKET TO RIDE ●






ジョン・レノンによって書かれ、レノン=マッカートニーとしてクレジットされています。1965年の2月15日にロンドンのEMIスタジオで録音されたこのトラックは、ドローンの取り込みを通じて、ビートルズの作品の進歩を示したと言われています。音楽評論家のイアン・マクドナルドは「ビートルズが以前に録音したものよりも心理的に深い」と「当時としては並外れた」とこの曲を説明しています。著者のサイモン・フィロは、この歌を「アヴァンギャルドを装ったポップ」と呼んでいます。NMEのデレク・ジョンソンは、録音の「音の深さ」と「途方もないドライブ」を賞賛しました。オールミュージックの音楽評論家リッチー・アンターバーガーとイアン・マクドナルドは、ビートルズの音楽スタイルの進化における重要なマイルストーンである事に両者共触れています。2002年にモジョマガジンにける、ミュージシャンでジャーナリストのボブ・スタンリーは、このトラックは「モップトップのビートルマニアが終わり、(ビートルズの)無重量で年齢のない伝説が始まる場所だ」と語っています。

「チケット・トゥ・ライド」は多くの批評家によるベストソングリストに含まれています。2010年のローリングストーン誌が選ぶ「ザ・500・グレーテスト・ソングス・オブ・オール・タイム」で394位、2014年のNME誌が選ぶリストでは311位に選定されました。

1969年にはカーペンターズのバージョンがリリースされ、ビルボード・ホット100チャートで54位のピークに達しています。

[ The Carpenters - Ticket To Ride [1969] ]


哀愁のあるメロディーのロッカバラード曲を、リンゴによるつっこみ気味のドラムと、ジョージの力強い12弦リッケンバッカーギターで奏でるビートルズ・クラシックス!

◇◇◇

● YES IT IS ●


裏面もジョン・レノンによって書かれた曲で、ビルボード・トップ100チャートで最高46位を記録しました。

ビートルズの最も複雑で不協和な3パートボーカルハーモニーを特徴の一部とし、ジョージ・ハリソンによる初期のボリュームペダルギターの使用が見られます。

ビリー・ジョエルは、2008年のインタビューで、彼の1980年の曲「スルー・ザ・ロング・ナイト」は「イエス・イット・イズ」をモデルにしたと述べています。

[ Billy Joel - Through the Long Night ]



Information
FormatsConditionOriginal?Music Genre
45rpm/7inchVG/VG/RW/WOLUS Original60's Rock/UK
Released YearLabelProducerSongwriter
1965CAPITOL/5407George MartinJohn Lennon, Paul McCartney
Chart PositionMatrix NumberKeywordNote
US Pop #1- / UK Single #1-45-X-45219-P5 / 45-X-45219-T860's Rock---


レーベルに書き込みあり。

盤面に浅い擦れありますが、音質は概ね良好です。


About the Artists

アーティスト【ザ・ビートルズ】
ロック・グループ。1957年3月、クオーリー・バンク・スクールに通う16歳のジョン・レノンが結成したスキッフル・グループ/ザ・ブラックジャックス(The Blackjacks)〜ザ・クオーリーメン(The Quarrymen)が前身となる。同年7月、15歳のポール・マッカートニーがギタリストとして参加。1958年2月、ポールの友人だった14歳のジョージ・ハリソンをジョンがオーディションし、数ヵ月後にジョージはリード・シンガーとしてグループに参加。1959年1月、友人が抜けてギタリスト3人トリオとなった彼らはジョニー&ザ・ムーンドッグス(Johnny & the Moondogs)を名乗りロックンロールを演奏。1960年、ジョンが通っていたリヴァプール・カレッジ・オブ・アートの友人スチュアート・サトクリフがベーシストとしてグループに参加。同年5月頃、スチュの提案でグループ名を The Beatles として活動。そしてリヴァプール出身の歌手 ジョニー・ジェントル のバッキングとしてスコットランド等をツアーで遠征し、同年7月より約一ヶ月の間は The Silver Beatles として活動。同年8月、ドラマーに恵まれなかった彼らは、当時の臨時マネージャー/アラン・ウィリアムスが手配したドイツ・ハンブルク公演のために、ピート・ベストを迎え入れて5人編成となり、その後約2年間はハンブルグを中心に活動。1961年1月、スチュアートは絵描きに専念する為、グループからの脱退を決意し、ポールがベーシストとなる。そして当時交流のあったドイツの音楽プロデューサー/ベルト・ケンプフェルトの提案で、歌手トニー・シェリダンのバックを努める。1961年6月に録音された「My Bonnie」はトニー・シェリダン&ザ・ビート・ブラザーズ(Tony Sheridan & The Beat Brothers)名義でリリースされヒットした。ハンブルグでの人気を確立した彼らはその後再びリヴァプールに戻り演奏。同年11月にキャヴァーン・クラブにて、レコード屋店主で音楽評論家の ブライアン・エプスタイン と出会い、1962年1月にブライアンは彼らのマネージャーとなる。同年2月にDECCAレーベルのオーディションをうけるものの「ギター・グループは落ち目だ」という理由から不合格となったが、マネージャーのブライアンがEMIレーベルの音楽プロデューサー/ジョージ・マーティンとの交渉に成功し、同年6月に彼らはPARLOPHONEレーベルと契約する。6月6日には早速、アビーロードスタジオでの初セッションが行われたが、「ドラマーがヘタだ」という理由で、同年8月にロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズ(Rory Storm and the Hurricanes)出身のドラマー/リンゴ・スターが新たにメンバーとして加入。それでもその時のセッションはジョージ・マーティンは気に入らず、スコットランド出身のセッション・ミュージシャン/アンディー・ホワイトのドラムスを起用し、「Love Me Do」と「P.S. I Love You」を録音した。同年8月にリリースされた彼らのファースト・シングル「Love Me Do」は全英シングルチャートで最高17位を記録する大ヒットとなり、その後テレビにも出演。マネージャーのブライアンの提案により、髪の毛は下ろし、揃いのスーツを着て、ステージでは悪態をつかず禁煙もし、演奏が終わればお辞儀をする…等々、クリーンな印象を持つバンドとしての売り込みにも成功しました。以降は解散を迎える1970年まで第一線で活躍し、ロック史/歴史に残る伝説のバンドとして君臨している。



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